ゲームにおける時間制限の効用

  • ゲームとは、「娯楽の核」を用いて「解決可能な課題」を「持続的に供給」する装置である

 前回の記事でゲームとは何かということについてこのように定義しました。

ゲームの魅力を支える「娯楽の核」 - 未来私考

 楽しさの核になる遊び「娯楽の核」を見いだす事が、よいゲームデザイン、ゲームプレイの第一歩である、と。では今回はこの文言の後半、「解決可能な課題」を「持続的に供給する」という部分の解説をしていきましょう。

難易度問題

 まず、「解決可能な課題」とは何か、ということです。それは、解決可能な予感はあるものの、必ずしも解決出来るとは限らない問題の事なんですね。それが解かれる事が自明で、反射的に解答がおこなわれてしまう場合は、それは課題とはなりません。そして、同じ課題を繰り返し試行した場合、プレイヤーは課題に対する最適解を発見してしまい、それ以降その課題はゲームとして成立しなくなってしまいます。課題が持続できなくなったゲームは飽きられてしまいますので、なんらかの方法でそれを回避しなくてはなりません。

 多くのゲームにおいて、課題の供給の持続は、より難度の高い課題を提供する事によって行われます。なんらかの課題が解決された場合、次の課題はさっきより少し難しい課題を持ち出す。そうすることで解決可能だが最適解ではない状態を維持する。1面より2面、2面より3面が難しい。ごくごく普通のゲームデザインですね。ただしこのやり方には重大な欠陥があります。それはプレイヤーの身体能力の限界により越えがたい難易度の壁にぶつかった場合、ゲームの続行が不可能になってしまうんですね。特に昔ながらのアクションゲームやシューティングゲームで、序盤こそ楽しめるものの、中盤以降に越えがたい難易度の壁にぶつかって途中で放り出してしまった人は数多くいると思います。難易度の調整に頼ったゲームデザインは、プレイヤーが難易度の壁にぶつかった瞬間に、ゲームとして成立しなくなってしまうんですね。

時間制限の使い勝手のよさ

 そこで導入されるのが、時間制限という概念です。あるひとつの課題を解くための時間を制限することによって、最適解の発見の前に意思決定を促す。ここで時間制限という手段が特に優れているのは、意思決定をした後に、その課題の解決法が別にあったことに気付かせることが出来るんですね。早まった決断をしてしまった後に、すぐさま別のより優れた方法が思いつく。そうすると、再度プレイすれば課題が解決出来るのではないかとプレイヤーに思わせることが出来る。

 この時間制限、ことにコンピュータゲームとは非常に相性がいい。アナログゲームの場合、プレイヤーとは別に時間を管理するための審判や、特別な装置を用意する必要があったりしますが、コンピュータゲームの場合は正確な時間を計る装置をそのままゲームの中に組み込んでおける。これはアナログゲームに対する大きなアドバンテージです。試行錯誤により正解を推測するようなタイプのゲームにはゆったりとした時間制限を、瞬間的な判断による意思決定を行うようなゲームにはシビアな時間制限を、とゲームの複雑さに応じて細かく調整できるというのも大変使い勝手がいい。

 コンピュータゲームはこの「時間制限」という概念を取り入れることで従来のアナログゲームとは一線を画すほどの爆発的な人気を獲得することが出来たんですね。

テトリスが体現したゲームの究極のカタチ

 この時間制限の概念をもっとも上手く取り扱ったゲームに、テトリスがあります。アレクセイ・バジトノフによって産み出されて以来そのルールをほとんど変えることなく「娯楽の核」としての操作性や演出がブラッシュアップされて今も世界中で親しまれているキングオブゲームとも言えるこのタイトル。このゲームの特異な点は、わずか7種類のブロックの規則的に配置するという、誰でも最適解を簡単に導き出せるルールを備えているという点です。通常ゲームというのは最適解が導き出されてしまえばそのゲームを継続するモチベーションを持続できなくなる。しかしテトリスにおいては、間断なく供給される小さな課題の、最適解を判断する時間が徐々に短くなることで、常にプレイヤーに判断ミスの予感を与える事によってそれを回避しているんです。

試行錯誤=ゲームは間違い

 更にテトリスの秀逸な点は、判断ミスによってブロックを誤配置してしまった場合に最適解=本来置くべきだった場所が直ちに明らかになることです。テトリスにおける失敗は、自らの判断ミス、操作ミス以外にはありえない。わずか7種類のブロックの組み合わせは(特に最近のアルゴリズムが洗練されたバージョンでは)運の要素が排除され、常に最適解があり得るんですね。失敗の原因が直ちに特定できるというこの特徴は、ゲームを継続してプレイする大きなモチベーションになります。

 ここで重大なのは、テトリスにおける意思決定には、ごく初期におけるルールの学習期間を除いて、「試行錯誤」がなされる余地が全くない、ということですね。テトリスにおいてはルールをいったん習熟してしまえば、次のブロックが提示された時点で、ほぼ自動的に最適解が導き出されてしまう。にも関わらず恐ろしいほどの中毒性をもつゲームとして世界中で認められている。「試行錯誤」こそがゲームであるという巷間よく聞く言説を、テトリスというゲームの存在が粉々に打ち砕いている。

 テトリスの最高峰と言われるTHE GRAND MASTERのプレイ動画。完全に自動化された機械的な応答によってプレイされている事がわかる。目標も障害も資源管理も一切ない、純粋な意思決定の連続のみでゲームが成立しているという希有な例、ゲームのひとつの究極のカタチが、テトリスなんですね。

時間制限のもうひとつの役割

 ここで資源管理という単語が出てきましたが、時間制限には予断を含む意思決定を促すという効果の他に、ゲームによっては時間というリソースの配分という戦略性をゲームにもたらすという効果もあるんですね。ゲームにおける戦略の役割についてはまた別項で論じる予定です。今回はここまで。