テレビから音楽が消える日

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「徹底的に争う」とJASRAC加藤理事長 排除命令、YouTubeやニコ動に影響は (1/2) - ITmedia NEWS

 この件に関してJASRACざまあみろ的な意見が散見されているが、その認識は間違っている。今回の件で一番深刻な影響を受けるのは放送事業者であり、音楽著作権者そのものだ。

包括契約が失われることで起こること

 著作権者から見て包括契約というのは不当廉売という側面もあって、本来なら1曲いくらの使用料の分配があるところを、放送局の事業収入、総使用曲数によって得られる利用料が変動してしまう。放送局にしてみれば使えば使うほど単価が下がることになり、積極的に音楽を使用しようというインセンティブが働く。結果、1曲あたりの使用料は他のライセンシと比べてもぐっと安く抑えられることになる。

 さて、仮に排除勧告を受けて包括契約から個別契約に移行した場合、放送事業者にかかる負担は飛躍的に跳ね上がる。全曲報告はいい。それは元々当然の義務であるし、技術的に見てもそれほどのコスト増を見込まなくても十分対応できるはず。問題は、1曲いくらという個別契約にして結果どうなるか。まず、番組中で使用する曲数を制限するようになる。あるいは視聴率の悪い番組は曲使用のための予算が削られていく。おりしも放送局は深刻な広告収入減に陥っており、今後ますます番組制作費は抑制されていってしまう。単価で予算を計上しなければならないものはどんどん削られていく。そしてテレビから、ラジオから音楽が消える。それは言い過ぎにしてもBGMがほとんどない番組が増えていくことは間違いない。果たしてそうなった場合、著作権者にしてみればどちらがよいのだろうか。

 単価が上がる代わりに利用回数=露出が減って楽曲そのものが聴き手に届かなくなってしまったら本末転倒なのではないか。音楽は、聴衆の耳に届いてこそ、その価値が生まれるのであって、本来の価値より廉売されているからといってそれで機会損失をしてしまったら元も子もない。今回JASRACが徹底的に抗戦の構えを見せたのも、素直に著作権者の便益を考えてのことだと考えている。

 さて、この議論は何か既視感がありますね。

違法ダウンロードされたほうがCDは売れるの法則が判明:らばQ

 一昨年あたりからネット上で喧伝され始めた、違法コピーによって安価で音楽が手に入るようになったことで逆に音楽の売上が上がっている。という意見。テレビ局がJASRACとの包括契約を守るための論理はこの手の話とまったく同じなんですね。テレビやラジオが廉価(あるいは無料で)音楽を流しているからこそ聴衆の音楽に対する興味を高めているのだと。この論理が正しいかどうかの判断はここでは保留しますが、もしテレビ局が、JASRAC包括契約を守ろうとするのならば、この意見を展開して世間に納得させるしかない。それは考えようによってはとても愉快な話です。

著作権者にとって一番良い道は何か

 今回の公取委の排除勧告は他の著作権管理団体の便益=他の著作権管理団体に委託している著作権者の便益を守るためと考えてよいとは思う。とはいえ、放送局に楽曲を使用されることが果たしてすべての著作権者にとって良いことなのかどうか、本来の価値よりも廉価で扱われることに不満を覚える著作権者もいるだろうし、あるいはポリシーをもってテレビや、あるいはニコニコ動画等には楽曲を提供したくないという著作権者もいるでしょう。一番大事なのは団体の便益ではなく、著作権者自らがその利用についてさまざまな選択肢から選ぶことが出来るようにすることのはず。

 私は包括契約自体はそれはひとつの契約の形としてけして悪い事ではないとは思っています。その上で何が問題なのか、あるいは逆に他の契約に比べて“著作権者にとって”何が有利なのか。それを他の著作権管理団体も交えて、この機会に是非徹底的に議論して欲しい。そしてその結果を著作権者の便益という形できっちりフィードバックして欲しい。それが出来てこそ「音楽著作権協会」の存在意義があるのではないですかね。嫌味ではなく、期待しています。