JailbreakableなデバイスとしてのPSP
iPhoneは、パソコンと違い、ユーザが自由にソフトをインストールすることができない、ベンダーによって管理されたデバイスだ。その点では、同じスマートフォンにカテゴライズされているWindowsMobile端末とは全く違うもので、従来の携帯電話やWiiなどのゲーム機に近い。
ベンダーによって管理されたデバイスだから、アプリやコンテンツに対する課金が可能になる。リモコン的な用途においても、ベンダーが承認してない勝手アプリにハードをコントロールさせることは危険だろう。
iPhoneの応用範囲が広がるにつれて、アップルが承認してないソフトを走らせないということの重要性が増してくる。
ただ、iPhoneは、ある重要な一点において、WiiやDSと違うビジネスモデルを持っている。
それは、脱獄と共存可能なビジネスモデルであるということだ。
ポケットの中の脱獄可能な小さな監獄 - アンカテ
id:essaさんのこの記事がとても面白い。iPhoneのJailbreak(公認アプリ以外を動作させるためのHackの通称)を巡る議論に否定と肯定以外の第3の視点を持ち込む実にessaさんらしいエントリだなと。私はiPhoneは持っていないのですが、これを読んで連想したのがPSP(プレイステーションポータブル)なんですね。
私がPSPを購入したのはほんの1ヶ月ちょっと前なのですが、それ以来このマルチユースのモバイルギアにすっかり夢中になっています。というのも、このPSPが5年前の発売当初とはまるで別物のようにユーザビリティの高いハードに進化しているからなんですね。かつて発売された当初のPSPは多機能を売りにしてはいたもののどれも貧弱で、ソニー製のゲームが遊べるという以外に取り立てて魅力のあるハードウェアには見えなかったんですね。それがしばらく興味を持っていなかった間に高品位な動画や音楽の再生に対応し、インターネットブラウザを搭載し、Peercastをはじめとしてネットラジオも聞けるわスカイプにも対応するわ、そしてプレイステーションのソフトを安価でダウンロード購入出来るようにまでなっていて。しかも非常に動作が快適なんですね。PSP/PS3で使われているクロスメディアバーというインターフェイスは昔PSXというHDDレコーダーが出たときにさわったことがあったんですが、まったく比べものにならないくらい洗練されたスマートなインターフェースになっていてとても驚いたりしています。
CFWとの戦い
いったいこの5年間の間にPSPに何があったんだろうということを紐解いていくと、PSPの長足の進歩の裏で、CFW―カスタムファームウェア―と呼ばれるハックツールとの熾烈な戦いがあったみたいなんですね。
最初期型のPSPではハードウェアの設計が甘く、未署名のコードが動作してしまうために、有志による自作ソフトが多数開発されてしまったんですね。これはSCEIにしてみれば痛恨のミスだったと思われ発見次第即対応が行われたものの、ファームウェアを強制的にダウングレードさせるテクニックなどの発見により、かなり広範に広まりカジュアルに利用されている模様で、最近ではYahoo知恵袋でCFWについて質問して炎上した件なんかが記憶に新しいですね。
ねとらぼ:「アイマスPSPが起動できません」──海賊版? Yahoo!知恵袋の質問がプチ炎上 - ITmedia NEWS
このCFWを利用するとコピーソフトも動作してしまうために基本的に否定的に扱われるものなのですが、実のところこのCFWはiPhone/iPodにおけるJailbreakと非常に近い存在だなあなどと考えたりもします。今回この記事を書くためにいくつかのCFW関連のサイトを巡ってみたのですが、コピーの為の機能以外にも非常に多岐にわたる自作アプリが開発されており、そしてそれらのうちユーザーにとってとても有益なもののうちの多くは、前後して公式のファームウェアにより洗練された形で取り入れられていたりするんですよね。
もちろんそれは単にタイミングの問題だったり偶然だったりすることもあるのでしょうが、ユーザーがより快適に利用するための改造を、容認するのでもなく一方的に否定するだけでもなく、公式のソフトウェアをそれ以上のクオリティにすることで対抗しているように思えてならなかったりします。そしてその目論見は確かに成功しているのではないかと考えます。
ユーザーはリスクとコストを比較する
リーゾナブルな価格で販売すれば、違法行為が可能であってもユーザはお金を払う方を選ぶ。それが、iTMSから一貫して、アップルのビジネスのベースになっている。
ポケットの中の脱獄可能な小さな監獄 - アンカテ
まさにこういった事態がPSPにおいても起きているんじゃないかと。例えば公式に先んじてリッピングしたPS1ソフトを動作させるエミュレーターが開発されていたりするのですが、動作不安定でリスキーな自作エミュレータを利用するよりも、公式で動作可能なソフトを直接購入したほうが遙かに便利で快適だと分かってくる。余談ではあるけれども、この自作エミュを利用するには認証をパスするために一度PlaystationStoreで1本ソフトを購入する必要があったりするのは、なかなか皮肉が効いているというか、良い公式配信への誘導になっているようにも思います(笑)。
もちろんSCEIにしてみれば、これらのアップデートは元々予定していたものであって、CFWの存在は無関係であると主張するでしょうが、ユーザーの自由な発想による利用をある種黙認することによって、ユーザーの実際のニーズが可視化されてアップデートの方向性が明確になっていったという側面もあるのではないかなんてことも考えたりします。
Jailbreakとの共存という道
同じサービスをリーガルなルートとイリーガルなルートで提供すれば、大抵のユーザーはリーガルなものを選ぶ。essaさんの主張の肝は恐らくそこにあるし、それは私も非常に共感するところです。ウイルスやソフトウェアの違法コピー等破滅的な利用法は厳に戒められるべきだし、実際手軽にJailbreakできないように締め付けをきつくしていくのはメーカーとして当然の責務ではあるとは思います。しかしこれらのHackの根絶が不可能である以上、闇雲に対策にコストをかけるのではなく、逆に優れたアイデアを公式に取り込んでしまいHackアプリの価値を相対的に無効化することで対抗するほうが結果として利益を産む。そういう考え方もあるのではないでしょうか。
PSP発売当時、SCEAの社長だった平井一夫氏が「PSPはDSキラーではなくiPodキラー」と発言したことが話題になったりしましたが、Appleとソニーという、80年代に時代を牽引したイノベーション企業が、今また同じ方向を向いて競合しているという状況は面白くもあり、少し嬉しくもありますね。PSPの今後にはこれからも要注目です。