WBCの再放送で見えたテレビの進むべき道

 3月は自分としては例外的なくらいよくテレビを見た月でした。ご多分に漏れずWBCのおかげなのですが、日中にTwitterであれやこれやとつぶやきながらテレビを見るというのは存外に楽しいものなんですよね。ところで、実はテレビの視聴時間はあまり減っていないという言説が以前からあるのですが、良い資料がなかったので自分で調べてグラフにしてみました。

 元資料はNHK放送分放送文化研究所の個人視聴率調査。年ごとに調査回数が違ったりしてどうまとめようかと悩んだのですが、定点観測の値を取るのがよいだろうということで各年の11月調べのデータを並べてみました。

NHK放送分放送文化研究所 個人視聴率調査

 さて、グラフを見れば一目瞭然なのですが、“総視聴時間”というくくりで見た場合、実はテレビの視聴時間はここ10数年全く減っていないんですね。2004年にピークを迎えてその後微減傾向にはあるものの、それでも2000年以前の数字を上回っていたりします。また巷間言われているような、NHKが伸びて民放が凋落したという話も、グラフからは読み取ることは出来ません。

高視聴率番組の減少がテレビ凋落の原因

 ではいったい巷で言われているテレビ離れとは何なのか、といえば、それは誰もが見るような高視聴率番組が減少してるんですよね。統計データを取るのは煩雑すぎてあきらめましたが、視聴率20%を越える番組は年々減少の一途で、それ故にスポンサーはどんどんテレビを見限っている。総視聴時間が同じでも、視聴率10%以下の番組にはスポンサーは価値を認めないんですよね。価値観の多様化と言えば聞こえが良いですが、ライフスタイルが多様化する中で属性ごとにテレビを視聴可能な時間が分散され、特定関心層の為の番組作りが進行した結果、世代や属性を越えて横断的に見られる番組が減ってしまった。それがテレビ凋落の最大の要因なんじゃないんでしょうか。

「みんなが見てる」が最大の宣伝

 そんな中、TBSが日中に放映したWBCの準決勝、決勝をプライムタイムに緊急再放送するという出来事がありました。どちらも同時間帯の平均を上回る高視聴率を記録して話題になりましたが、何故既に結果が出ているスポーツ番組の中継がこんなに数字が取れたかと言えば、既にみんなが見ていて、面白いことが分かっているからなんですよね。番組提供側から見たら同じ番組を何回も流すというのは抵抗があるかもしれませんが、視聴者にとって見れば、初めて見る番組が再放送かどうかなんてのは実のところ何の関係もないんですよね。「面白そう」だけど時間の都合で見られない番組を録画してまで見たいと思う視聴者は案外少ない。それが日中放映して評判になった番組が、同じ日の夜に放送するとなればそれは見てみようと思うのが自然な心理です。
 これはWBCという特別なイベントだったからと思う向きもあるでしょうが、通常の番組であっても、同じ番組を時間を変えて、日を変えて短期間に複数回放映すれば同じコンテンツで何倍もの視聴率を稼げるのは確実です。制作費をかけずに一定の視聴率が稼げるんですからこんな美味しい話はないですよね。スポンサーの視点で見ても、最初の放送の評判が呼び水になって、より広い層に視聴者を広げられるわけですから悪い話ではないでしょう。

最大のライバルは録画機器

 ここ数日でテレビとネットの融合をもっと進めるべきだという記事を立て続けに読んだのですが、実際、テレビの最大のライバルはネットではないんですよね。ネットがせいぜい数十万人への同時配信で四苦八苦する中で、1000万人を越える視聴者に平然と届けることの出来るのは電波放送の最大の優位点です。逆に言えば、何千万人という人に届ける目的でなければ、テレビ放送というのは存在意義がないとも言えるんですよね。ネットやケータイ等、直接繋がるパーソナルメディアが発達した今だからこそ、一斉に同時に同じコンテンツを楽しむことの出来るテレビというメディアは本来真価を発揮するはずなんです。その時最大の障壁となるのは、実はタイムシフト視聴を容易にする録画機器の存在だったりします。この点において下の記事の夏野さんの言説にわりと同意だったりするのですが、見逃し視聴のリスクを軽減する方法はなにもオンデマンドでやらなくてもテレビが、同じ番組を何度も放映するだけで回避可能なんですよね。それをやらない理由は、再放送を本放送よりも下に見るテレビ側の固定観念以外に考えられなかったりします。

テクノロジー : 日経電子版
テクノロジー : 日経電子版

広告ビジネスとコンテンツビジネスは別物

 広告ビジネスというのは、同じ情報を、可能な限り多くの人に届けることでシナジー効果を生む事を前提として成り立っています。その点において電波放送…テレビという媒体の優位性はその他の媒体に比して圧倒的です。にも関わらず番組制作の方向は特定関心層に向けたコンテンツを少数の視聴者に向けて発信するという方向に進んでいるように見えます。しかし残念ながらその方向に進む限りテレビの未来は暗いと言わざるを得ない。ニッチに向けてターゲティングする方法においては電波放送よりもネットのほうが遥かに向いているわけですから。一方でネットが広告ビジネスを成立させるためにより多くのマスに同時に情報を届ける方向を模索しつつありますが、これも早晩限界を迎えるでしょう。100万人200万人に同時送信可能になっても、それでもテレビのポテンシャルの10分の1以下で、コストははっきり言って比較にならない。現状まったく噛み合っていないテレビとネットですが、お互いがお互いの利点を上手く利用しながら共存していく道は必ずある、そのように考えます。

放送と通信の相補関係

 ネットの最大の強みは何といってもその情報の伝達の早さでしょう。「今」どこかで何か面白いことがやっているというフレキシブルな情報の伝達はネット以前のメディアとはまったく比較にならない。その一方で同報性、同期性においては電波放送に比べてコスト面で非常に不利です。テレビは「みんな」に必要とされるコンテンツを繰り返し放送し、ネットはその番組が面白いという情報を拡散することでより多くの人にコンテンツを届くサポートをする。あるいは逆にネット発のニッチなコンテンツが、ある一定以上の支持を得たらそれを更に多くの人に届けるために電波を使って放送する。テレビとネットに求められているのはそういう相補関係なんじゃないんでしょうか。