Vocaloidは楽器として十全に自由である

 ニコニコ動画に投稿されたある替え歌が、Vocaloidの発売元であるクリプトン社の申し立てにより削除されたことが一部のメディアに取り上げられるなどして少し話題になっています。クリプトン社が自社の名前を出して動画の削除申請をしたのはこれが2例目ですね。

「碧いうさぎ」替え歌「白いクスリ」、削除申請の理由をクリプトンが説明 - ITmedia NEWS
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ニコニコ動画における動画削除について – 初音ミク公式ブログ

 賛否両論ありますが、まず押さえておいて欲しいのは、問題となった動画は、例えクリプトン社が申し立てを行わなくても、通常のニコニコ動画の基準から考えても遠からず削除されるのが確定的な内容だったということです。問題は、何故クリプトン社が申し立てしなければならなかったのか、ということですね。

 勘違いしている人が多いのですが、クリプトン社の説明を読む限り、今回の削除申し立てはVocaloidの使用許諾とは全く関係なく、あくまで、商品・商標としてのVocaloid初音ミクの価値が毀損される恐れがあるから、としているんですよね。特定個人を誹謗中傷する楽曲が初音ミクの名前を冠して公表され、その部分を特にクローズアップされてメディア等で報道されてしまった。故に自社製品のイメージを守るために削除申請しました。こういう話であって、ユーザーの自由な利用を妨げる文言は実はどこにもないんですよね。にも関わらずこのあたりが混同されるのは、2008年にあったもう一件の削除申請の記憶があるからなんですよね。

ASCII.jp:レスポールの死と、初音ミク「白いクスリ」削除問題を考える (1/2)|四本淑三の「テレビを捨てよ、動画サイトを観よう」

 この記事なんかでも混同されていますが、たしかに一私企業が公益を代表して表現の可否を決めるというのは明らかに筋が悪い話で、この1例目の件に関しては私も当時苦言を呈していたりします。

公序良俗に反する歌詞についてのクリプトン社の見解 - GiGiの日記 - ニコニコ部

 そもそもこの手の使用許諾の制限というのは、何事かあった時に民法上の賠償責任を免れる為のおまじないみたいなもので、それ自体を用いてユーザーの表現を規制したりするような実効力はないと私は考えています。猫を電子レンジで乾かしてはいけませんと書かれていたって、猫を蒸し焼きにしたユーザーをメーカーが訴えてもなんのメリットもありませんからね。しかしそれを謳わないでいると、このメーカーの電子レンジは猫を乾かしていけないとは書いてないとか言ってくる困った人がいるので、わざわざ明記しなきゃいけなくなる。Vocaloidの使用許諾もつまるところそれ以上の意味はないでしょう。そもそも、もし使用許諾違反だと言うことになればユーザーのソフトウェア利用そのものを差し止めなきゃならなくなる。そんな面倒事は誰だってまっぴらごめんでしょう。

 この点について社内で十分に協議した結果、あくまで商品イメージの保護の為という理由になったのでしょう。この判断は最大限評価したいですね。実際、一件の動画を削除した後は(夏期休暇中ということもあるでしょうが)特に動きはなく、動向を見守っている形になってますよね。これ以上負のイメージが拡散する恐れがなければこの件はこれで手打ちでしょう。動画投稿者が今後の表現活動についてなんらかの制限を受けるという心配もまずないと思われます。

楽器なんだから何を表現したっていい…んだけど

 こう言われてもまだ納得いかない人もいるかとは思いますのでもう少し掘り下げてみます。例えばこの動画が初音ミクを用いていることを明記せずに投稿されて、かつ、報道も初音ミクを使用していることを強調して行われなかったらクリプトン社は行動を起こしたかなと考えてみれば、その可能性はかなり低いことが分かります。ニコニコ動画上には初音ミクを用いたグレーゾーンの動画は多数存在しており、運営やその他権利者によって削除された動画も枚挙に暇がありません。が、それらに対してクリプトン社が特にリアクションを起こしたというケースはないですよね。この点に関してはクリプトン社はユーザーのやんちゃに対してかなり寛容に対処してきたという積み上げて来た信頼と実績があります。発売当初は厳しく制限されていた初音ミクVocaloidソフトの名称やキャラクターイラストの使用も一定の条件下でユーザーの自由利用を許すといった処置も取っています。

piapro(ピアプロ)|キャラクター利用のガイドライン
piapro(ピアプロ)|ピアプロ・キャラクター・ライセンス

 音声合成ソフトとしてのVocaloid初音ミクは楽器です。だからそれを用いてどんな表現をしたっていいし、己の責任の範囲内においてどういう形で発表したっていい。とはいえ、クリプトン社の好意に甘えて商標やキャラクターの魅力を利用するのであれば、それは一定の節度を求められるのは当然でしょう。利用者としては、法に触れる可能性があるような危険な表現等をする際は初音ミクという名称やイメージを利用しない分別を持って欲しいですし、報道する側もそれくらいの思慮は働かせて欲しいところですよね。