人の生き方を理解する必要はない

スペリオール連載の「医龍」が、ここのところずっと面白いです。主人公朝田が負った大怪我を、その背中を見てきた研修医・伊集院が手術するというクライマックス。恩師とも言える人が生死の境にあるなかで「切ってみたい」「腕試ししたい」という伊集院に、内科医の藤吉先生は「理解できない」と言うんですよね。

なぜ伊集院はそこまで切りたいのか。それは第一に朝田への信頼。朝田が指命したということは自分にそれだけの技術が備わっているという確信。もう一つは、こんな時でも切ってみたいと思ってしまう、手術は面白いと感じてしまう外科医の性分を肯定してもらえたことの喜びが原動力なんですよね。

命は大切で、医者はそれを守る神聖な職業なんだから面白いとか言っちゃいけないというキレイゴトを吹き飛ばして、人の生き死にを己の腕一本で左右することは面白いんだって言うんです。

だけどその感覚というのは違う生き方をしてきた藤吉先生には理解できない。理解できないけど、理解できないままにグッと飲み込むんですよね。それが、すごく良かった。

人の生き方なんてのは、大抵の場合理解なんて出来ないんですよ。わかったフリをして誤魔化したり、あるいは勝手に思い込んで勝手に失望したり。人が人を理解するなんて簡単なことじゃない。

だからこそ、理解できないものをわからないままに受け止めて、それを認めるというのはとても素晴らしいな、と思います。