「発見」と「体験」でロングテール化するアニメビジネス

デジタル化した世界で、人の嗜好はアナログ化する――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(前編) (1/5) - ITmedia ビジネスオンライン
もはや映画宣伝に“王道”はない――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(後編) (1/6) - ITmedia ビジネスオンライン

 東のエデンの石井プロデューサー等がアニメビジネスの現状を語ったこの記事*1がなかなか面白い。コンテンツビジネスというとどうしてもDVDの販売本数であるとか、映画の興行収入というのを成功の目安に考えてしまいがちですが、今はもう単純にそういったもので計るのが難しい時代になっているんだなあということを改めて感じましたね。

複雑化したアニメビジネス

 記事中で評論家の氷川竜介さんがアニメビジネスの変遷についてさらっと語っていますが

 と言った感じで多様化していき、時代が下るごとに2次的な収益の重要性というのが増してきてるんですよね。ナショナルクライアントの時代は、スポンサーの企業イメージを損なわない上品な作品こそが求められていたのが、タイアップの時代になって商品の魅力を高めるためにキャラクターやギミックのキャッチーさが重視されてくる。そしてビデオグラム販売の時代ではキャラクターを含めた作品世界全体の完成度や時代とのマッチングと、求められる品質も多様化・高度化しているのが今の時代なんですよね。作品が緻密になればなるほど、ターゲットとなる層が狭まっていく。それをマスマーケティングを行うことでなんとか損益分岐点に乗せるというのが、少し前までのコンテンツビジネスの主流だったように思います。

 とはいえ1作のテレビアニメを、マスマーケティングで展開していくというのは本当はすごく苦しい話で。何百人というスタッフを動員して制作される東のエデンクラスの作品だと少なく見ても1話30分あたり2000万円くらいの費用がかかってしまう。パッケージビデオだけでこれを回収しようと思ったら荒利1000円のDVD等を2万本は売らなきゃならない。ドカンとパブリッシングしてそれで当たればいいけど、外れた時のダメージも大きい。結果、最初からお客さんがはっきりとした企画ばかりが通るようになり、どんどん内容が保守化していってしまう。これでは先細りなんですよね。映画も同様で、100館を越えるような規模で公開できればともかく、5館とか10館なんて規模ではどう考えても制作費は回収できないわけです。このあたりは元記事中でも触れられてますね。

販売の現場との関係を築く

 東のエデンに限って言えば、テレビアニメと言う形で数億円規模のパブリッシングをかけて、劇場公開、ビデオグラム販売という旧来のビジネススタイルに則った側面も多くて、2万5000本〜3万本くらいの受注というのはようやくトントンで大成功とは言い難いレベルなんですよね。この記事の中で特に印象に残ったのが石井プロデューサーがYoutubeでの視聴に触れた部分で。

 最近はもう笑って済ますことにしているのですが、いただくファンレターに「YouTubeで見ました」と書いてあって、最初は「困りますよ」と言っていたのですが、若い人はほぼそうで、親戚の子どもも正月に『ONE PIECE』をYouTubeで見ていました(笑)。だからそういう時代には(DVD販売は)合わないなあと思いますね。
もはや映画宣伝に“王道”はない――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(後編) (3/6) - ITmedia ビジネスオンライン

 直接ビジネスを仕掛けているプロデューサーがこういった発言を公の場でするようになった、というのは隔世の感がありますね。ほんのちょっと前まではネットでの無料視聴はアニメビジネス崩壊の諸悪の根源みたいな言われ方すらしてましたからね。

 ではどこで儲けるのかと言ったときにまず思い浮かぶのは関連商品の売上という話になるんですが、これも記事中にあるようにそれほど高いロイヤリティが取れるわけでなく、実はほとんど儲けがでない。

 ユナイテッドシネマ豊洲で販売している“もうほっといて”クッキーも好調です。1個550円で、さすがの僕も「それはちょっと暴利でしょ」と言ったら、「いや、これ全部手作りなんです。東のエデンカフェに来てくださっている方々には必ず買っていただけますよ」と言われたのですが、フタを開けたらほぼ売り切れになってしまっているようです。あれも原価ギリギリらしいので、ビジネスになっているというよりは、「みなさんに楽しんでいただければ」ということですね。小規模公開作品の一番の醍醐味というのは、そこだと思います。
もはや映画宣伝に“王道”はない――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(後編) (4/6) - ITmedia ビジネスオンライン

 こういった関連商品は、製作側の収益というよりも、一緒に興行をやっていく劇場やショップが、作品と息長く付き合っていくための仕掛けという側面のほうが大きい、ということなんです。大量生産大量消費の世界では、一斉にメディアに露出して過熱しても、新しい話題が出たらあっという間に忘れ去られてしまう。そうではなく、1年2年、5年10年とずっと販売の現場との関係を維持することで細く長く利益を生み出していく体制を作ることが、作品の付加価値を高めていく、ということなんです。例えば東のエデンであれば、物語の舞台となった豊洲のユナイテッドシネマではずっと東のエデンの話題は途切れることなく続いていくでしょう。これは実在の地方都市を舞台にしたアニメ作品「らき☆すた」や「True tears」なんかも同様で、瞬発的な利益を出すことよりもこれからのコンテンツビジネスを考えたときには最も重要な要素になって行くんじゃないんでしょうか。

発見されるまでじっくりと待つというやり方

 これはまた別の記事からの引用なのですが、イヴの時間の取った作品展開の方法論も非常に興味深い。少人数体制で、1話15分の作品を2ヶ月以上の間隔を開けてネットで無料公開していく。それを派手なパブリッシングをすることなく、じっくりとお客さん自身に発見してもらうまで待つというやり方。最初に取るリスクを可能な限り小さくして、最終的に利益が出るようになるまであたふたしない。これもひとつの解ですよね。

ASCII.jp:「イヴの時間」プロデューサーが語る、新時代のアニメ産業論 (1/4)|動画サイトってどうなの? 儲かるの?

「発見」と「体験」という付加価値

 テレビがファーストウィンドウとしての地位を独占していた時代が終わり、Youtubeニコニコ動画での視聴が当たり前になっていくこの世界では、作品の視聴スタイルを作り手側がコントロールすることはもはやほとんど不可能になってきているんですよね。少し前にこのことについて触れた記事を書きましたが、その時は既に無料になったコンテンツにどのような付加価値を乗せるのかということについて明確な答えを出せませんでした。

コンテンツがフリーになりたがる、ということ - 未来私考

 しかし上の2つの記事にある事例を見るに、一部の作り手の人たちは新しい時代に合った付加価値の有り様を模索し、それを実際に形にしつつあるようにも思いますね。それは一言で言えば「発見」と「体験」ということになるのでしょう。無数にある無料のコンテンツの中で、ブランディングされていない作品が選ばれるためには「いつ」「誰と」「どこで」見るかというシチュエーションの設計がこれまで以上にずっと大切になっていく。その中で「発見」と「体験」を得られたユーザーが、その付加価値の再生装置として、関連商品やビデオグラムを購入する。いわゆるロングテールの販売戦略ですね。

 そう考えたとき、フリー化したコンテンツが溢れるネットは発見の場として、「いつ」「どこで」「誰と」見るかというシチュエーションを提供するリアルな劇場やショップは体験の場として相互に補完しながら機能していくと考えると良いんでしょうね。コンテンツの供給が飽和し、マスマーケティングが限界を迎えているコンテンツビジネスは、今後そういった手法こそが主流化していくんじゃないんでしょうか。

*1:当初インタビュー記事と勘違いしていましたが、東京国際アニメフェア2010で行われたシンポジウムの収録記事とのことです