ニコニコ動画で商業音楽が目立たない理由

 Twitterでの[twitter:@kawango]さんの一連の発言がちょっと物議を醸してますね。

ニコ動ユーザのテレビ離れがじわじわきてる件 - Togetter
ニコ動音楽の浸透 - Togetter

 この発言の真意はともかくとして、ニコニコ動画上に商業音楽がほとんど存在しないというのは本当なのか?というところでまず疑問が出てしまうんですよね。実際に少しデータをとって確認してみましょう。

 ニコニコ動画上にどんな属性の動画が存在するかをざっくりと調べるにはやはりタグ検索をするのが適しているでしょう。ということで、「音楽」タグ及び、音楽に関連性の高いタグでor検索した結果がこちらです。

人気の「音楽 or 邦楽 or 洋楽 or 東方 or Vocaloid or 初音ミク or 鏡音リン or 鏡音レン or 巡音ルカ or KAITO or MEIKO」動画 0本 - ニコニコ動画

 5月30日時点でおよそ70万件弱、と考えて良さそうですね。今度は逆に、この結果からニコニコに縁の深い非商業音楽につけられやすいタグを除いたものを検索してみましょう。

人気の「音楽 -オリジナル曲 -UTAU -踊ってみた -歌ってみた -演奏してみた -MAD -ニコニコインディーズ -公式 -東方 -初音ミク -MEIKO -KAITO -巡音ルカ -鏡音レン -鏡音リン -Vocaloid」動画 0本 - ニコニコ動画

 だいたい40万件弱ですね。商業音源丸上げ動画に関してはタグのついてない動画も多数ありますし、逆にパッと検索結果を見ただけでもリミックス等規約的に問題のない動画もあるようではありますが、おおよその目安にはなるんじゃないでしょうか。Vocaloid等のアマチュア音楽が目立つと言っても、実際はニコニコ動画上の音楽動画の6〜7割くらいは無許可の商業音楽なんですよね。これを「ほとんどない」と言ってしまうのはやはり乱暴でしょう。そもそも、音楽にしろ映像にしろ運営が自主判断で削除する動画なんてのはほとんどなくというのは限られていて*1、権利者が削除依頼したものを淡々と削除しているだけなんですよね。このスタンスはYoutubeもほとんど同じでしょう。

@kawangoさんより反論ありましたので追記修正しました。


ニコニコ動画Youtubeの傾向の違いはどこから来るのか

 そうは言っても、ニコニコ動画Youtubeでは実際に目に付く動画の種類には大きな差があるし、実際に音楽動画に関してはYoutubeが圧倒的な網羅性を誇っていてニコニコ動画ではまったく太刀打ち出来ていないというのは事実です。これは何も権利者がYoutubeにおもねってニコニコ動画を目の敵にしているという話でもなく*2、また単純にユーザー層の違いと言い切ってしまうだけでは足りない部分もあるんですよね。このあたりもう少し分析してみましょう。

音楽動画を投稿する人が少ない

 まず第一に考えられる要素は、そもそも商業音源の丸上げ動画を投稿する人自体が少ない、ということ。Youtubeでは演歌であれインディーズであれ、およそオリコンに載るような曲はほぼ網羅的に誰かしらが投稿しているのですが、ニコニコ動画においては特定ジャンル以外の音源というのがほぼ投稿されていない。何故投稿されないかといえば、投稿しても需要がない、再生数がほとんど伸びないからなんですよね。では何故再生数が伸びないのか。

システムが曲単位の検索に向いていない

 何故ニコニコ動画では商業音源の丸上げ動画の再生数が伸びにくいのか。それは検索システムが曲単位の検索に向いてないからなんですよね。Youtubeでは、例えばあるアーティストなり曲名なりで検索するとそこから派生的に同じアーティストの曲へのリンクがわかりやすく表示されるのですが、ニコニコ動画の検索ではこういった動的な仕掛けが何もないんですよね。そのかわりにユーザーが自主的に整備する機能が充実していたりするのですが、それはまた後ほど解説します。
 またニコニコ動画特有のマッシュアップ文化、いわゆるMADであるとか歌ってみた、演奏してみた系の動画とかですね。これらの存在感が非常に大きい。場合によっては原曲の音源よりも再生数を稼いでいることも多く、相対的に元音源の存在感が希薄になりがちです。そういったこともあって、そもそも元音源を探すときはニコニコ動画は利用しないというユーザー自身による選択も働くんですよね。

 なので[twitter:@kawango]さんのこのTweetは、ちょっと現状認識としては違うんじゃないかと思うんですよ。商業音楽を聞くときはYoutubeを使う。それはそれとしてニコニコ動画にはまた違う魅力があったからユーザーはニコニコ動画から離れなかった。と考える方が実態に即しているのではないかと思うんですよね。

カラオケにおけるVocaloidオリジナル曲の存在感

 カラオケでのVocaloid人気に関しては以前こんな記事をまとめました。

ニコニコ動画 2009年 歌ってみた人気曲ランキング - 未来私考

 音源を用意して歌う分には、規約上何も問題がないにも関わらず、ニコニコ動画上にある「歌ってみた」動画での商業音楽の存在感と言うのは非常に小さいんですよね。これはそのままカラオケでの人気にも当てはまってなかなか興味深いのですが、これはひとつにはVocaloidオリジナル曲が一般的な商業音楽と違って歌い方のお手本=正解がない、というのも大きいと思うんですよね。元の初音ミクの歌い方に似せてもいいし、似せなくてもいい。アレンジしてもちょっと変な歌い方しても受け入れやすい。人気が出るにはそれはもちろんある程度以上の歌唱力が要求されますが、そうでなくても自己満足しやすいという側面はあるように思いいます。2009年のVocaloid人気曲が、そもそもカラオケで歌いやすいポップな曲が強かったというのもなかなか面白いところです。これは若い世代にとって新しい音楽を取り入れるチャンネルがテレビからニコニコ動画に軸足が移った証左といってもいいとは思いますね。

Youtubeよりもニコニコ動画が充実している場合もある

 ところで、商業音源を探す場合はニコニコ動画よりもYoutubeが適していると先程書きましたが、面白いことに、アーティストによっては、実はニコニコ動画のほうが充実しているというケースもあるんですよね。例えば平沢進Youtubeで検索するよりもニコニコ動画で「音楽 平沢進」で検索した方が動画の数が多いんですよね。実際軽く検索してみても、ニコニコにはあるけどYoutubeにはない曲というのも多数ある。あるいは小室みつ子。この方は本人がニコニコ動画のファンを公言していることもあり、先日ニコニコ生放送に番組を持ってから特に音源が増えてきていますね。

人気の「音楽 平沢進」動画 2,388本 - ニコニコ動画
平沢進とは (ヒラサワススムとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
人気の「音楽 小室みつ子」動画 149本 - ニコニコ動画
小室みつ子とは (コムロミツコとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

 これこそがまさにニコニコ動画のコミュニティ性の持つ強みというもので。一旦ニコニコ動画上で評価の文脈が出来上がるとそこから派生的、樹形図的に曲だけに限らず情報が整理され充実していくんですよね。平沢進さんに至っては、全曲紹介動画がニコニ広告枠にずっと掲載されている、つまり定期的に入金しているユーザーがいるという念の入れよう。その甲斐もあってCDもニコニコ市場経由だけで見ても相当数売れていたりしますね。

また言うまでもないですが、ニコニコ動画御三家に数えられるアイドルマスター。この公式曲の充実度もまたYoutubeと比べるべくもないのは当然の帰結ですね。実際のところYoutubeアイドルマスター公式曲を探そうとしてもMADばかりが引っかかってしまってまったくその用を足さないんですよね。これがニコニコ動画であれば、ファンが整備したニコニコ大百科の記事を辿って網羅的にアクセスすることが出来る。このあたりがニコニコ動画Youtubeの性質の違いを端的に表していると私は思いますね。

アイドルマスターの楽曲の一覧とは (アイドルマスターノガッキョクノイチランとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

作業用BGMという文化

 あともう一つニコニコ動画における商業音源利用について言っておかなければならないのが「作業用BGM」という文化ですね。ニコニコ動画において曲単位で商業音源を探すのは需要も供給も足りていないのですが、複数の曲を繋いでメドレーにした作業用BGMというものが人気ジャンルの一角として存在してるんですよね。

人気の「作業用BGM」動画 152,784本 - ニコニコ動画

 これは音源丸上げというよりは、カセットテープの時代から連綿と続く「俺テープ」「マイテープ」といった文化の延長線上にあるものだと思うのですが、ある特定の文脈に沿って、曲を組み立ててひとつのストーリーを作る、一番単純で根源的な編集作業が施された動画なんですよね。もちろんこれらは基本的に音源そのまま使ってるものが多数で、わりとあっさり消されるものも多いし、玉石混交でまったく再生されない動画も多数ある。しかしこのタグを再生数の多い順に並べると、けしてニコニコ動画上で商業音楽の存在感が薄いとはいえないというのがわかるのではないかと思います。

人気の「作業用BGM」動画 152,784本 - ニコニコ動画

 再生数トップ20のうち、初音ミク1動画、東方4動画。あとは商業音源ですね。アニメ・ゲームが強いのは当然ですが、洋楽の需要が大きいというのはニコニコ動画を普段からよく見ている人にも意外だったりするんじゃないんでしょうか。再生数1位も洋楽集なんですよね。

 ここでも最近流行のJ-POPみたいなものは存在感が薄かったりして、その意味でニコニコ動画ファンと、それ以外の人たちの間で趣味嗜好に乖離が生じているというのは一定の説得力のある話ではあります。

 このTweet自体は、だから権利者はニコニコ動画上のコンテンツを削除しない方がいいよ、というまさにポジショントークそのものなんですが、難しいのは、例え権利者がまったく削除をせずにいたとしてもそれでプレゼンスが上がるかというとそれはまた別の話なんですよね。実際ドワンゴ筆頭株主でもあるavexは積極的に公式PVを提供していますが、それで大きく盛り上がった例というのはそれほどあるわけではないですね。avexの業績自体は回復基調にあって、それはそれでまた興味深いのですが今回はここまで、ということで。

*1:テレビ番組の丸上げについては民放連との取決めにより随時削除されている。が、必ずしもすべてが削除されているわけでもない

*2:ジャニーズ等一部の事務所はYoutubeにのみ公式PVを提供してニコニコ動画を無視しているという事実はある