ヤングマガジン「砂の栄冠」 放課後のグラウンドに老人がいる風景

 ちょっと夏バテなのかしばらく更新が滞っていました。ぼちぼちエンジンかけていきます。

 ヤングマガジン連載、三田紀房「砂の栄冠」に注目しています。「クロカン」「甲子園へ行こう」に続く3作目の野球漫画。それに加えて「ドラゴン桜」や「マネーの拳」で培ったお金にまつわる話を絡めた、三田にとっての集大成的な作品になるんじゃないかと思っています。

 舞台は埼玉県の県立高校野球部。創立100年の節目に超高校級のエースを迎え、学校関係者やOB一丸となって甲子園初出場を支援してきたが夢破れ地区予選決勝で敗退し、エースは引退…というところからドラマは始まる。

 物語の中心となるのは、2年生レギュラーで主将の座を引き継いだ新エース中嶋。そしてもう一人が、その強くも弱くもない野球部の練習風景を、10年以上に渡ってただただ眺め続けてきた老人、トクさん。

 このトクさんと呼ばれる老人がネット裏のベンチに腰掛けて野球部の練習を眺めているという景色が、なんとも言えない良さがあるんですね。別に指導するわけでも差し入れを持ってくるわけでもない。高校の関係者でもないし野球関係者でもない、ただの近所に住んでいる年金生活者。部員も、あのお爺ちゃんいつもいるけど何なんだろう?と疑問に思いつつ、ずっと昔からあそこにいる、マスコットみたいなものとして受け入れている。そもそも本当にトクさんという名前なのかすら実は誰も知らない。ただ、温かい眼差しで若者たちが練習に励む姿を見ているという景色が、不思議と心地良い。

 もちろん、物語としてはそれだけで終わるわけではなくって。このトクさんが、ある日主将である中嶋を早朝に呼び出して紙袋を手渡すことから物語が動き出す。その紙袋の中に入っていたのは現金1000万円。トクさんは、このお金を野球部のために使ってくれと、唐突に言ってくるんですね。何の変哲もない、ただの年金生活者が、まったく何の使う当てもない1000万円の現金を持っているという設定がまた絶妙なんですが、これは明らかに老人がお金を無駄に貯め込んでいるという今の日本の風潮を意識したものですね。その無駄金を抱えている老人というのが、純朴でなんの悪意のカケラもないお爺ちゃんとして描かれてるのがまた良いんです。

 それを受け取った中嶋も、クールなキャラクターとして描かれてはいるんですが、当然はいそうですかではありがたく、などと言って受け取るわけではない。戸惑い、受け取りを拒否しながら、トクさんの真剣な眼差しに気圧されて、そのお金は預かる。けど使わないでグラウンドに埋めておく。もし甲子園に出場できたらその時改めて使わせてもらう。という妥協案をとることで、その場をやり過ごします。

 ただ一人そのお金の存在をする中嶋が、お金があるという状況を認識しながら野球部をどう導いていくのか、というのがおそらくはメインストーリーになるのでしょう。お金があれば○○が出来るのにといった状況にたいしてどういった葛藤を経ていくのか。お金は、本当に使わないのか、使うべきなのかそうでないのか。高校野球というアマチュアスポーツの背後にあるお金の問題に鋭く切り込んでいく作品になるんではないかと思っています。

 それとはまた別に、このトクさんという老人が、1000万円の秘密を共有したまま、今までと何ら変わることなく温かい眼差しで球児たちの練習を眺める風景が描かれていくのだろうというのも、何とも言えない心地よさを覚えます。

 三田紀房という作家の持つ、ドライさとウェットさを兼ね備えた作品として、今後の展開がとても楽しみですね。

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三田 紀房
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