日本レコード協会による「動画サイトの利用実態資料」を読み直してみるよ
GIGAZINE経由で知ったこちらの資料。資料としてはなかなか興味深いのですが、その上で至った結論がなかなか斜め上だったので改めて読み方を考えて見たいと思います。
「動画サイトはマイナスの影響、音楽の違法ダウンロードは年間12億ファイル」という調査結果を日本レコード協会が公表 - GIGAZINE
Press Release | 一般社団法人 日本レコード協会
●母集団は「動画サイト利用経験者」
統計資料を読み込む上で一番重要なのは、「その統計の母集団は誰なのか」ということですね。これは本資料31ページ目で詳しく触れられていますが、プレ調査で動画サイト利用経験者を絞り込み、動画サイト利用経験者のみで構成されたデータであることに留意する必要があります。つまりこのデータからは動画サイト利用経験者以外も含めた、全体の動向との差異は計れないということです。ここは一番重要なポイントですので肝に命じておいてください。
●接触機会が増えれば支出も高くなる
それを踏まえた上で上から順番に資料を読んでいきましょう。注目は本資料8ページ目「?動画サイト利用者の特徴2)年代構成及びメディア利用状況」ですね。「動画サイト利用経験者」「動画DL認知者」「動画DL利用経験者」というセグメントに分けて集計が取ってありますが、注目するのはそこではなく、動画サイト視聴時間と音楽支出が奇麗に正比例している点ですね。アクティブに音楽に接触すればそれだけ全体としての支出額も増えるというごく当たり前の傾向がここでは見て取れます。これは本資料でもそのように解釈されていますね。
●視聴ジャンルは「複数回答可」
次に本資料11ページ「?動画サイトの利用状況3)視聴ジャンル」に注目してみましょう。このデータのポイントは「複数回答可」であること。「音楽関連映像(邦楽)」「個人や映像クリエイター等が趣味で作曲・編集・制作したと思われる作品」という項目がありますが、この2項目は排他的な関係にないことに留意する必要があります。例えばニコニコ動画でVocaloid音楽や歌ってみたをメインで聞いている人であればこの2項目両方をチェックする蓋然性がとても高い。これは設問の作り方のミスですね。排他的にするなら「商業販売を前提として作成された音楽関連映像」といった項目にすべきでしたね。「個人が趣味で〜」が商業的な音楽に含まれるような文言の解釈も疑問が残るところです。この資料で読み取れるのは「動画サイト利用者の6割は音楽関連映像(商業制作/自主制作を問わない)の視聴を目的にしている」ということだけですね。
●動画サイトからのダウンロードの利用経験は動画サイト利用者の5割、過半数は月に1ダウンロード以下
次に本資料14ページからの「2章 動画サイトからのダウンロードの利用状況」を追っていきましょう。数字が入り組んでおりなかなか読み取りづらいのですが、動画サイト利用者のうち、ツールや専用サイトを利用してそれらの動画をダウンロード出来ることを知っている人が約7割、そのうち実際にそれを行った人が7割弱、ということですね。つまり「動画サイト利用者のうちツールや専用サイトを用いてダウンロードを実行したことがある人は約5割(70%×70%)」ということです。このデータそのものがかなり迂遠な表現が多く回答者が正しく設問を理解出来ているのか若干疑問もあるのですが、17ページによると具体的な利用ツール名を挙げたアンケートも同時に行っているようで概ね信頼して良いかなとは思います。それにしてもシェア5割を誇る「無料ソフトA」がなんなのか気になりますね。そんなに寡占化された世界だとは思わなかったのでなかなか意外です。
本資料20ページ「?ダウンロードの数量1)年間ダウンロード率及びDLファイル数」にも注目してみましょう。この資料によると、実際にダウンロードを行ったことのある人のうち4割弱は、「3ヶ月に1ファイル以下」、「1ヶ月に1ファイル(年間12ファイル)」までの人が過半数を占めることが読み取れます。にも関わらず年間の1人あたりのDL数が63.4本に昇るということは、いかに一部のヘビーユーザーが大量にダウンロードしているかということが見て取れますね。概算ですが、DL利用経験者の9割が平均年間14本程度、残り1割が年間平均500本ダウンロードしている計算になりますね。また月に101本以上ダウンロードしている1.2%だけで年間平均4000本ダウンロードしているという実態が見えてきます。この、稀に利用する人とヘビーユーザーとの間に大きな隔たりがあるという実態は留意すべきでしょうね。違法ダウンロードが推定12億本という数字も、違法ファイルの推定方法に若干の疑問はありますが、100万人が年間1200本ダウンロードすればこの数字になるわけで、そんなに大きく的を外した数字ではないように思います。
●動画サイトが音楽市場にもたらす影響について
最後に本資料23ページからの「3章 動画サイトが音楽市場にもたらす影響」についても触れておきましょう。これについては冒頭で触れた通り、この資料だけを用いて音楽市場全体に与える影響を推定することは不可能です。しかし、この資料とは別資料、例えば日本レコード協会が提供する音楽ソフト市場の推移に関する資料と突き合わせることで見えてくるものはありますね。ということで少し検討してみましょう。
一般社団法人 日本レコード協会|各種統計|音楽ソフト種類別生産数量の推移
一般社団法人 日本レコード協会|各種統計|音楽ソフト種類別生産金額の推移
こちらの資料によると、2008年〜2009年で音楽ソフト市場は数量ベースで約10%減、金額ベースで約13%減という推移をしていることが読み取れます。これは本資料の対象外である、動画サイト利用者以外も含んだ、音楽ソフト市場全体の傾向ということになりますね。このデータと、本資料対象者の傾向を突き合わせれば、動画サイトの存在が音楽市場全体に与える傾向が見えてきます。つまり動画サイト利用者のほうが全体の傾向よりもマイナスが大きければ、動画サイトの影響によって音楽ソフト市場が縮小していると言える可能性はありますね。
本資料のデータ自体があくまで傾向の推計であって、数量ベースの資料ではないので直接の比較は出来ないのですが、数量ベースでの減少傾向が13〜16%と、音楽ソフト市場全体の動向よりも高い数値を示していることは注目してよいでしょう。動画サイトの影響によって、音楽ソフトを購入する「数量」は確かにマイナスの影響を与えている。この推論には異論がありません。
しかしそのいっぽうで音楽ソフトへの支出の増減は-11.7%と、音楽ソフト市場全体の傾向よりも低い数字を示している。これは大変興味深いですね。動画サイトの影響によって音楽ソフトを購入する「数量」は減っているが「金額」はむしろ全体の傾向ほどには下がっていない。数量ベースでの影響を見ても、もっとも単価が低い「有料音楽配信の購入」が一番大きなマイナスになっているところも注目に値するかもしれません。
それを踏まえた上で、本資料25ページ「?支出の変化の詳細」に注目してみると面白い。前出音楽ソフト生産金額推移によれば、2009年の音楽ソフト総売上は3165億円。これを13〜69歳の人口9000万人で割ると1人あたり年間3516円。月当たり293円なんですね。これは動画サイト利用者のうち「なるべくお金をかけない方法で入手」する層の平均656円を大きく下回る。34ページの表にもあるのですが、動画サイト利用者の月平均の音楽への出費額はなんと1人1302円にもなるんですよね。これは元々音楽に関心の高い層と動画サイトの親和性が高いことを如実に示している訳ですが、同時に、音楽ソフト市場全体の低迷は動画サイト以外の要因の影響が大きいと断言してよいレベルの数字に思えます。
●まとめ
本資料最後にもあるように「動画サイトの浸透はもはや不可逆的な現象」であることは衆目の一致するところでしょう。そしてこのアンケート結果だけからでも、それによるネガティブな影響は極めて少ないあるいは皆無であることがほぼ明らかになっているように思います。実感としても、動画サイトに積極的にコミットする人たちはソフトの購買意欲が高いという印象はあったのですがそれが数字で証明された形ですね。資料冒頭にもあるように、ソフトへの支出を増やすには1にも2にもコンテンツへの接触機会を増やすこと―それは音楽でも映像でも変わらない―という持論を改めて強化することが出来る面白い資料でした。