上杉隆氏の華麗なる弁論テクニック

 以前より注目を集めていた町山智浩氏と上杉隆氏の公開討論「ニコ生×BLOGOS番外編「3.14頂上決戦 上杉隆 VS 町山智浩 徹底討論」 - ニコニコ生放送」がとても面白かった。上杉隆氏については今までTwitterでの断片的な発言や彼の周辺をめぐる言説を見て、単純に不誠実な人だなという印象しかなかったのだが、生で彼の弁論術を見て、なるほどこれは一種の才能であると敬服せざるを得なかった。なかなか貴重な体験だったので、せっかくだから彼の弁論術について私が感じいった部分を少し要約してみたいと思う。

1を聞かれたら10答える

 彼の弁論術を支える基本は、その言葉数の多さである。ごくごくシンプルな質問であっても、一見無関係なディテールから描き出し、質問の核心に触れることを巧妙に避けつつ、全体としてみればその質問に対する回答として推論可能な形に落としこむ手口は鮮やかの一言。

 この戦術の効果は非常に大きく、まずながら見で見ている聴衆にはその意図を読み取ることが極めて困難であるということ。そして、その意図を理解するために非常な集中力を要するため、対論者の体力を効果的に奪う事が出来る。また細かな事実を大量に羅列することで、彼が事実に基づいて発言していること、そしてとても頭の回転の早い人間であるという印象を与えるのにも一役買っている。事実彼は相当に頭の回転の早い人物なのだろうことは間違いない。このように立板に水で言葉を紡ぐのは自らの体力の消耗も激しいはずで、そのスタミナの高さもまた特筆すべき点だろう。

自分の意見は言わず相手に要約させる

 上記戦術と並んで上杉氏の弁論術の根幹をなすのが「直接自分の意見をまとめることはせず、対論者に要約させる」ということ。前述した通り上杉氏の発言は一見無関係なディテールが膨大で聴衆がその意図を理解するのが極めて難しい。要約するよう求めても更に言葉数を増やしますます難解となっていくので対論者が上杉氏の意図を推論し、要約するしかない。その要約が正しいのかどうか意見を求めてもまた言葉数を増やし合っているのか間違っているのかわからないが全体としては合っているように思われる返答しか返ってこない。ダメージを与えているはずなのにいつまでたっても倒しきる事が出来ない。まるでドラクエで無限に増えるマドハンドを相手に戦っているようなものである。

 またここで、相手の質問の意図を正確に理解していないかもしれないというアピールをすることも欠かさない。私も間違える、だからあなたも間違えるかもしれない。そう印象付けることで退路を確保するのもその場しのぎではない、長期的な戦略を感じさせ恐れ入らざるを得ない。

過去の発言の矛盾は要約者のミス

 上記の相手に要約させるという戦術は過去の矛盾を指摘された時にその効力を最大限に発揮する。特に文字原稿に要約する際は上杉氏の膨大な言葉の中から文意が伝わるようにセンテンスを構築せざるを得ない。映像ソースを持ちだしてみても上杉氏の言葉は全体を見てようやくおぼろげに意図がつかめるといったものなので、一部分を抜き出して決定的な言質を取ることが極めて難しい。

 それは相手が意図を取り違えただけである。あるいはひょっとしたら意図的にそうしたのかもしれないが、というさりげないアピールも忘れない。記事製作者になんらかの悪意があったのではないかと匂わせることで自身を被害者であるように印象付け、自らのペルソナである「権力に立ち向かう正義の人」というスタンスをけして崩さない。なるほど「正義の人」を求める人達の熱い支持を受けるのも納得するところである。

事実は深く追求しない

 そもそもこの討論は、町山智浩氏がTwitterで「上杉隆氏がTBSラジオ キラ☆キラを降板させられたのは東電批判のためではなく官房機密費問題で失言をしたから」といった主旨の発言をし、それに対して上杉隆氏が訂正を求めたことに端を発します。

 番組途中及び事前の公開質問状町山智浩氏が上杉隆氏に謝罪をしている意図を図りかねている人も多いのではないかと思いますが、これはその後町山氏が当時の状況を整理し、改めて関係者に取材をすることで「上杉隆氏が降板させられた真の理由は失言ではなく、その後に上杉隆氏が名指しでTBSを非難する文章が週刊ポスト誌上に掲載されたからである」という新たな事実に行き当たったからなんですね。町山氏は当初のTweetの誤りを認め、新たに判明した事実を上杉氏にぶつけたわけです。

 これはさすがに決定打だろうと思ってみていたわけなのですが、上杉氏はそこで思っても見なかった奇策に打って出ます。町山氏はその事実に行き当たった根拠を番組共演者である小島慶子氏の発言に求めたわけですが上杉隆氏は「それはあくまで小島慶子さんの推測であって事実であるとは限らない。そしてその件は私にとっては重要事項でないのでもう事実を追求するつもりはない」と返したんです。必殺ブローがまさかのノーダメージ。こう返されてはもはや打つ手はありません。

 そして更に恐ろしいことに上杉氏は事ここにいたってもいまだに「TBSラジオ キラ☆キラ降板理由は東電批判のせいかもしれない」という可能性を否定していないんです。そもそも上杉氏は様々なメディアを通じて「東電批判のせいで降板させられた」といった印象を与える表現をしていますが、よくよく聞いてみるとあくまで「東電批判をしたその日に突然降板を言い渡された」という事実を述べているだけでその因果関係については直接触れていないんですね。

 町山氏が労力を重ねて検証しほぼ確実であろう事実に行きあたっても、自らは深く追求しない事で別の可能性を残し続ける。ここにまさに上杉隆氏の弁論テクニックの粋を見た思いです。おそらく彼は周囲から矛盾を指摘されても今後もこのロジックを用い続けることでしょう。


 私はジャーナリストとは「推論を元に仮説を打ちたて、その仮説を実証するために証拠を積み重ね事実を詳らかにする」科学的な職業であると考えています。その点で上杉隆氏が自らを「元ジャーナリスト」と名乗りジャーナリストの看板を降ろしていることはとても正しい態度であると認めています。彼の行なっていることは「推論を元に様々な仮説を打ちたて、それが事実であった場合に大々的に公表をする」といったもので、これは非常に伝統的なある職業の行動様式と一致します。予言者と呼ばれる人達ですね。予言者の言う言葉は常に正しく、それ故に毀誉褒貶ありながらも一定の人々から熱烈な支持を得ます。

 一見論が噛み合わず退屈な討論に見えますが、Twitterの断片的な発言からは窺い知ることの出来なかった上杉隆氏の人気の理由をはっきりと知ることが出来たこの番組は大変に面白いものでした。もっとも、もう二度と上杉隆氏の出演する番組を見たいとは思いませんが。

関連リンク
ニコ生×BLOGOS番外編「3.14頂上決戦 上杉隆 VS 町山智浩 徹底討論」 - 2012/03/14 23:00開始 - ニコニコ生放送
上杉隆氏への公開質問状 - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
キラ☆キラ降板問題 - 上杉隆 wiki - アットウィキ