ほめる文化を産み出すニコニコ動画のアーキテクチャ

 アーキテクチャの生態系を読んで以来、それ以前から漠然と思っていたことが、自分の中で形になった気がしています。それは
ニコニコ動画は人に“ほめる”という行為を促す効果があるのではないか」

という仮説です。

 アーキテクチャの生態系第五章ではP2Pファイル交換ソフトWinMXについて触れられ、そこではリスクを冒してファイルをアップロードするものを「神」と呼んで称揚し、逆にコミュニティに寄与しないものを「くれくれ厨」として軽蔑するという文化規範が生まれた事を解説しているんですが、これはそのままニコニコ動画にも当てはまる構図なんですよね。

 ニコニコ動画においては(合法非合法に関わらず)面白い動画を提供することがもっとも価値のある事として認識されている。楽しいコメントの応酬も、まずは動画がなければ始まらない。だからコミュニケーションのネタになるような面白い動画を提供した人は「神」「これはすごい」「才能の無駄遣い」「作者は病気*1」などの言葉で称揚され、逆に動画を削除された場合はあらん限りの罵倒の言葉でそれを否定するという規範が、特にその初期において成立していたんですね。

 この、面白い動画を提供すると過剰なほどに褒められるという環境が、ニコニコ動画に数多くの投稿者を引き寄せる最大の原動力になっている事は、多くの人が既に指摘している通りだと思います。しかしもう一つの規範である「動画の削除を罵倒する」という傾向は、実は時を経るにつれどんどんと希薄化してるんですよね。一番顕著なのは、「サンレッド」や「ペンギン娘はあと」と言った公式配信のアニメの削除跡地なのですが、罵倒が行われるどころか、制作者や運営に対してのお礼のコメントすら散見される。

【ニコニコ動画】天体戦士サンレッド FIGHT.03

 これは考えてみれば当たり前の話で、削除に対して罵倒をしても、その動画が復活することはあり得ないんですね。特に、ニコニコ動画の歴史の中で何度も繰り返されてきた一斉削除という悲劇を体験した人は、むしろ削除権限を持った人間の感情を損ねれば他の動画にも類火が及ぶという想像力が自然と働くようになる。あくまで利己的な要請として、権利者を罵倒することは損だという市場原理的な規範意識が浸透していくんですね。

 これはそうゆう環境構造を持っていたからといって直ちにそのような性向が顕在化するものではなくて、長い時間をかけてゆっくりと浸透していって、気がつくとそうゆう風に考える人が増加しているという、アーキテクチャによるモラルの形成が行われたと考えて良いんじゃないかな、と。

「吹いたら負け」という文化

 もうひとつ。これはニコニコ動画の文化の源流といわれる2chで発達した規範なんですが、「吹いたら負け」という考え方があるんですね。これは、持ち込まれたネタがその良し悪しを度外視して、とにかく想像の埒外で、見た瞬間に思わず吹き出してしまったらネタ提供をした人間の勝ち、という価値観があるんですね。玉石混交の2chの中で誰しもが納得できる価値基準として発達したのではないかと思うのですが、これはそのままニコニコ動画に持ち込まれている。

 この結果どうゆうことが起きたかというと、動画投稿者が何らかの悪意を持って投稿した、視聴者の期待とは反する動画(いわゆる釣り動画)に対して、「負けたwww」「吹いたwww」「死ぬwww」「「これはひどいwww*2」などといった言葉で好意的に受け止められてしまうという現象が起きてるんですね。ニコニコ動画では傍から見て何故こんなものが受けているのか理解が出来ないものが大流行することがよくありますが、これはこの「吹いたら負け」文化が根っこになっている。悪意を持って投稿された動画が、いつの間にか人気ジャンルとなって投稿者も視聴者も良好な関係を発達させてしまっていたりする。

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 この、本来ならばネガティブに受け止められないものも何でもいつの間にかポジティブな要素に変換してしまうというのはニコニコ動画アーキテクチャとしての機能だと思うんですね。そしてこれこそが私がニコニコ動画というものを好きになった、今でも好きな最大の理由のひとつだったりします。去年の今頃はあれほどけたたましく聞こえていた謙儲という言葉もいつのまにかずいぶんとなりを潜めましたね。実際、それで誰も得をする人がいなければ、いつの間にか規範が形成されていくんですよね。

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本日開催されるニコニコ大会議2008(冬)をもって、ニコニコ動画は新バージョンニコニコ動画ββに移行することがアナウンスされています。黒字化に向けて様々な変革が行われることが予想されますが、今まで培ったほめることを称揚する文化に反するような変化がない事を、強く願っています。

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*1:褒め言葉に聞こえないのは気のせい

*2:これも褒め言葉に聞こえないが気のせい