ピアピア動画と未知との遭遇

 尻Pこと野尻抱介さんの新作SF小説「南極点のピアピア動画」読了。これは傑作ですね。ニコニコ動画初音ミクをモチーフにした、ピアピア動画とVocaloid小隅レイをめぐる連作4編。今からほんのちょっと未来、今よりもほんのちょっとだけニコニコ動画初音ミクが当たり前になった世界。そこでひょっとしたら起きるかもしれないちょっとした奇跡を描いた物語。そして人類と、異星文明との接触を描いた、ファーストコンタクトものでもあります。

 いったいなにがどうなってニコニコ動画とファースト・コンタクトが繋がっていくのか。ここがまさにこの作品の核なのですが、尻Pは、ニコニコ動画未知との遭遇、自分の理解の及ばない、異なった環境、異なった文化の人達と出会うことの出来る場所であり、Vocaloid初音ミクは、そこで人と人、あるいは人以外の何かであっても結びつけてしまう接着剤のようなものとして捉えているんですね。

 古来より数多く描かれてきた、人類とい成分名との接触。その時に生じるであろう摩擦をどう解決するかという問題に、なるほどこんな答えがあったのかと唸らずにはいられません。

  表題作である「南極点のピアピア動画」では、そのままストレートに、遠くアフリカの地に旅立って連絡のつかない恋人と再会するために、あるいは一度は諦めた夢をもう一度形にするために、それは用いられます。第2編である「コンビニエンスなピアピア動画」は、日常の中で見過ごされてしまいそうなほんのちょっとした気付きが、ピアピア動画を通じて世界へ拡散されることで、気宇壮大な出来事へと発展していくというお伽話。

期待して、待つということ

 両編に、そして全編に共通しているのは、こんなことがあったら、こんなことが実現したら面白いなという想いを、包み隠さずに表に出して、期待して待つという態度。あるいはまたその結果が期待したものとちょっと違っていても、受け入れてしまおうという鷹揚さです。それは両編のヒロインである佐藤美奈、上田美穂の二人の人格にもよく現れていて、未知のもの、よくわからないものを鷹揚と受け入れる態度というのはこんなにも魅力的なのかと思わずにいられません。

 女性たちが魅力的に描かれる一方で、本作の主人公である男たちは、少し胡乱な人物として描かれているところがあります。Vocaloidなんてただのソフトウェアで、なんでそんなものにみんな夢中になるんだかよくわかんないや、というムーブメントの外側にいる人たちの代表として描かれているんですね。知っているけど、それがそんなに凄いものなのかというのはサッパリわからないよ、という立場を取る主人公が次第に懐柔され、篭絡されていくところもまた本作の読みどころのひとつであるように思います。

壁の向こうとどうやってつながるのか

 この物語はまた、オープンソースハードウェアやUCGといった、個人ベースの創作物が世界を変えていく物語でもあります。一方で個人の力凄い、大企業なんていらないといった語りになっていないところも重要イントですね。第1編のプロジェクトもそもそもが大企業のスポンサーがつかなければ成立しない話ですし、第2編も、コンビニエンスストアの徹底的に合理化されたシステムが物語のキーポイントになっています。そもそも、ピアピア動画のモチーフになったニコニコ動画自体が、着メロ配信を足がかりに急成長を遂げた一大企業として作中で大きな役割を果たしているわけです。

 大企業、大組織といっても、その中には人がいて、社会を動かしている。普段は組織の壁で隔てられてその様子を伺うことができないけれども、Vocaloidのような存在がその壁をすり抜けて人と人とを繋いでしまう。その時いったいどんな素敵なことが起きるだろう?というのがこの連作のひとつのテーマなんじゃないかと思っています。

 第3編、第4編については実際に読んでいただくとして、最後に第3編からお気に入りの台詞を一節抜き出しておきましょう。

「人間じゃないものが人気者になると、みんな幸せになる、ってのが、<<小隅レイ>>のヒットでわかったことなんだ」

 この物語は、フィクションです。しかし、この物語で描かれている環境は、もはやフィクションではない。そう考えると、とてもワクワクして来ませんか?