アニメビジネスをフリーミアムモデルで考える
クリス・アンダーソンの「フリー」日本語版発売を間近に控えフリーミアムという概念に注目が集まりつつあります。フリーミアムというのは、ぶっちゃけて言うと
「コンテンツやツールを無償で提供しても利用者のうち5%くらいは積極的に対価を支払ってくれる」
という考え方。この考え方の正しさについて以前にも何度かエントリを書いているのですが、新たに得た知見も踏まえて、もう一度考えてみたいと思っています。
払いたい人だけが払うというビジネスモデル - 未来私考
アニメはすでに払いたい人だけが払うビジネスモデルになっている - 未来私考
ネットの無料コンテンツを支える5%のファン - 未来私考
アニメビジネスの変遷とOVAの誕生
劇場用アニメを除き、アニメがビジネスとして映像そのものを売るようになったのはつい最近の事で、それまで多くのテレビアニメーションはいわゆる30分のコマーシャルフィルムとして、関連商品を売ったり、企業メセナの一環として冠スポンサーのブランドを浸透させるために使われてきたという歴史があります。しかしこれらのアニメは制作におけるスポンサーの制約が大きく、また予算も常に逼迫した状態で、ヤマト、ガンダムといった作品の登場で加熱するアニメ人気とは相反する形で現場は常に抑圧されていた。そんな中で1980年代に、劇場用アニメとテレビアニメの中間の規模のオリジナルアニメをパッケージビデオとして販売、直接アニメファンに購入して貰うOVAというビジネスモデルが現在に連なるアニメ産業の巨大化の第一歩だったと考えています。
初期のOVAは、30分〜60分程度のフィルムを1巻10000円前後で売るというもので、実に1万本〜3万本くらい売れていた。一度も中身を見たことのないパッケージにこれだけの大金を支払う人が大勢いたと言うことが今のアニメ製作者の意識にすり込まれているところはあるのだろうと思うが、何故これほど売れていたのか、ということを考えるに、これはパッケージそのものに商品力があったと言うよりも、それまで膨大な数のアニメを無償で見てきた人の中の「積極的な5%」が、それを作っているスタッフの信用して、今まで見たアニメの対価の代わりとして新作パッケージにお金を落としていたという側面が強いように思います。
商品内容を全て見せてしまうアニメビジネス
今現在のアニメビジネスを批判する言葉としてよくあるのが「商品内容を全部無償で見せてるのにパッケージが売れるわけがない」というものがあります。これは一見もっともらしく聞こえますが、実はフリーミアムの原則を考えればまったく真逆の話であるということに気付かされます。無償で、出来る限り多くの人に見せるからこそ、より多くの人が購入する動機を得ることが出来る。それを逆手に取ったのが1990年代から始まったパッケージ化前提の深夜アニメ…いわゆる製作委員会方式のアニメ群ですね。全国ネットの全日帯が1枠1000万円以上という高額だったのに対し、1枠100万円程度で買える深夜帯はアニメのビジネス規模に見合ったもので、また録画機器の普及と相まって、積極的なアニメファンは録画をしてアニメを視聴、その中から気に入った作品のパッケージを購入するというサイクルが回転し始めたことがアニメビジネスを一気に巨大化させた主要因だったのではないかと今では考えています。
アニメ映画のパッケージとしてはダントツの売上を誇るジブリ作品…例えば先日放映された「天空の城ラピュタ」なんかも過去20年に亘って、実に12回も地上派で放映されているからこそ、DVDも売れるんです。それを言ったらドラえもんやサザエさんはどうなんだ?という声が聞こえてきそうですが、これらのタイトルはフリーミアムの概念のうちの「プレミアム」の部分が少ないという点が上げられます。
アニメの濫造は自らの価値を毀損する
1990年代以降ずっと右肩上がりだったアニメ産業が近年低落傾向にあるという声が聞こえてきます。それは現在のビジネスモデル自体の欠陥として語られる事が多いのですが、実のところそうではないのではないかと思うのですね。そもそもアニメファンにとって、パッケージを購入する最大のインセンティブは何か、という問題です。これだけ録画機器が普及した現在において、お気に入りの作品を繰り返し見るため、ということは動機としてはとても弱い。実際(卑近な例ですが)私自身パッケージを購入しても改めてディスクで見ることは少なく、もっぱら録画したファイルを見ることのほうが多いように思います。何しろ録画ファイルのほうが圧倒的に取り回しが便利ですから。
OVAビジネスの立ち上げ期においてそれが成立可能だったのは、オリジナルアニメというコンテンツそのものが希少であったという点が圧倒的に大きい。アニメファンはアニメ作品をとにかくもっとたくさん見たかった。それこそがアニメコンテンツを購入する最大の動機で、それに応える形でアニメスタジオが乱立し、作品点数はどんどんと増えていったというのがアニメ業界の推移です。
当時テレビアニメの放映本数は年間で50本程度。そのほとんどはファミリー向け、キッズ向けの作品で現在に通じるアニメファンを満足させる作品は少なかった。それが今や毎週何十本という作品がよりどりみどりという状況で、しかもそのほとんどが深夜帯に集中している。録画して見るにしてもその全てをカバーするということが物理的に不可能になってきている。アニメファンの「もっと新作を!もっと!」という声に答え続けた結果、ついにそのキャパシティを突破してしまったというのが現状の頭打ちの原因なんだろうと考えています。これをさらに拡大するには、ファン層の裾野を拡げるしかない、というのは衆目の一致するところでしょう。
流通コストがビジネスを変える
そこで振り返って見て、改めてアニメビジネスが急拡大した原因がなんだったかを思い出してみましょう。それは90年代に深夜放送という安価な電波に乗せて映像そのものを直接ファンに発信したから、なんですよね。ファンは無料でアニメ作品を受け取って、その中の「積極的な5%」がパッケージ購入をすることでビジネスとして成立していた。まさにフリーミアムビジネスです。そして今、ネットの普及によって更なる情報流通コストの低減が起き始めている。ネットで無料で流通しているコンテンツのパッケージが売れているという事例も今まで何度か取り上げてきました。
もちろんネット配信といえども無料ではなく、例えばニコニコ動画でチャンネルを開設する場合もおおよそ月額100万円〜の費用がかかるようです。とはいえ月額100万円というのは地上派の放映枠に比べれば10分の1くらいの価格であり、既に主だった枠が埋め尽くされている深夜放送と比較しても新規の顧客を開拓する可能性はまだ十分にある。地上波U局の視聴世帯数は数百万円の関東ローカルでもせいぜい1500万世帯ほど。そこで視聴率3〜7%を取っても50万人〜100万人にしかアピール出来ない。5%ルールに当てはめれば2万〜5万本のセールス見込みになるわけで、見事なくらい現状のアニメパッケージの市場規模と合致してますね。ネットを使ったコンテンツ流通はこの規模の経済を大幅に拡大する可能性を秘めていると言えるのではないでしょうか。