駆け抜けたトラウマイスタ

 週刊少年サンデー連載、中山敦支トラウマイスタ」が今週で最終回を迎えました。単行本にして全5巻、48話での完結はサンデーの連載としてはほぼ最短、有り体に言えば打ち切りなのですが、この漫画の特に終盤の12話は末永く伝説として語り継がれるでしょう。とにかく素晴らしかった。こんなことがあるから週刊連載を追うのはやめられないですね。

 謎のお姉さん“スジャータ”に、自らのトラウマを具現化したモンスター“アートマン”を引き出され、悪の組織“チャンドラカンパニー”と闘うことになった“ピカソ少年”の物語。設定だけを取り上げればよくあるスタンドバトルもの、です。作者の中山敦支さんはとてもスタイリッシュで印象的な絵を描く作家さんで、独特の構図もなかなか魅力的ではあるのですが、とにかく序盤は緊張感がまるでなかった。読み返してみるとキャラクターの心情描写も丁寧に描かれているしけして悪い漫画ではないのだが、悪の組織の脅威が伝わってこず、練習試合のような戦いで序盤を過ごしてしまったのが人気低迷の主要因でしょうね。

 25話より登場した最強最悪の敵“ダヴィンチ”の登場で一部で話題になり始めてはいたのですが、そこでも主人公が力を手に入れなければヒロインが死ぬというシチュエーションで、いかにも定番のパワーアップイベントという印象が強かったんですね。あの運命の1話までは。

覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ…

 37話…おそらく7月発売の単行本4巻に収録されると思うのですが、試練の末7日で真実の力を手に入れ、ダヴィンチと相対したピカソ少年、間に合ったと思った瞬間に、その目の前で無残にもヒロイン、スジャータが爆散するんですね。上記の「覚めろ覚めろ覚めろ…」はその時の主人公の台詞。はっきり言っていきなりの展開過ぎて読んでる側としてはテンションがあわせられなかったのですが…後にして思えば、この瞬間、この漫画は化けたんですね。


 話数から考えて、恐らくこのときに打ち切りが決定したのでしょう。このシリーズの人気の結果いかんでヒロインを救って続けるか、あるいは間に合わずに最終シリーズに突入するか、というのをあらかじめ決めていたのかも知れません。何にせよ、ここからこの漫画の色彩は一変する。パワーアップしたにも関わらずダヴィンチに全く歯が立たないピカソ。時は流れ、単身敵の本拠地に乗り込んだ少年の瞳からは輝きが失われ、そこには一匹の復讐鬼の姿があった…。

  あまりにも美しく切ない愛と狂気の物語。圧倒的なネーム密度と画面構成。そして魂の浄化…傑作といってはばかりのない見事な着地を迎えたと思います。あるいは打ち切りという、手塩にかけて描いてきた物語の死亡宣告と、ヒロインの死という状況が作者の中で何かシンクロがあったのかもしれません。改めて漫画は巻数じゃない。設定でもない。それを描きたいと思う動機こそが大事なんだと思いましたね。漫画の持つ底力をまざまざと見せつけられた素晴らしい作品でした。単行本4巻は7月、最終5巻は8月発売とのこと。未読の方は是非。