短編集HOTELにみるBoichiの世界観

2006年にモーニング誌上に掲載され、その圧倒的なスケール感で話題をさらったBoichiのSF短編「HOTEL」が収録された単行本が発売されました。

 温暖化によって生命の死に絶えた地球、灼熱の砂塵舞う南極にただひとつ残された人工建造物「ホテル」を守る管理人、地上最後の知性、人工知能ルイの物語。ともかく圧巻なのが襲い来る猛威に対してあらゆる手段を尽くして進化を続けるルイのいじましいまでの一途さだ。環境に適応し、人工知能のモジュールを増築することで自らの知能をもバージョンアップして、ただひたすらホテルを守り続けるそのビジュアルイメージの鮮烈さは感情を揺さぶられずにはいられない。何百万年という歳月の重みを説得力を持って描写しているというただ一点だけをもってしても、比類なき作品といってよい。ルイ・アームストロングのwhat a wonderful worldに乗せて描写される最後の美しい地球の描写も素晴らしい。

 とはいえ、実はこの作品は私はあまり好みではなかったりもする。雑誌掲載時に読んだ時にもすごい作品だと思いつつも若干の違和感を覚えていたのだが、今回他の短編と併せて読んで腑に落ちたりもした。Boichiの描く世界は、努力したものが報われる事に対してあまりにも楽天的に過ぎるんですね。それはエンターテイメントとしてはとても正しい態度でもあって、一概に悪いことでもなく、あくまで好みの問題だとは思います。表題作においてはその性質も最大限に抑制のきいた表現になっており、まとめてよまなければ特に気になるようなものでもなかったりもするのだけれども、特に巻末のオールカラー短編「Diadem」なんかは無根拠な信奉が無根拠な救済を呼び込むというちょっとアレな構成で、うーんと頭を抱えてしまった。

 なんにせよ表題作は掛け値なしの傑作なので、漫画好きの人は是非読むと良いと思いますね。SFとしてはちょっと突っ込みどころがないでもないですが*1、ビジュアルイメージだけでもご飯3杯はいけるので。何はさておいてもがんばってるAIってかわいいじゃないですか!(笑)

*1:根本的なツッコミとしては、DNA保存基地は月面に作ればよいのにとか思ったり。こうゆう言説がジャンルSFを衰退させた原因なので聞く耳持たなくていいですけどw